自治体の防災DXが「もしも専用」になってしまう理由 | フェーズフリーミート2026 視察メモ
みなさん、こんにちは。Enlytの久保です。
みなさんの街の防災アプリ、最後に開いたのはいつでしょうか。僕は正直、思い出せませんでした。入れた記憶はあるんです。でも、いつ開いたかは思い出せない。
2026年9月25日(金)〜 9月27日(日)に東京ビッグサイトで開かれた「PHASE FREE Meet 2026(フェーズフリーミート2026)」に、Enlytのメンバーを視察に送りました。出展ではなく、見てきてもらう側です。その報告を受けて、僕の中で「防災のデジタル化がうまくいかない理由」が一つ、はっきりしたように思います。今日はそれを書いてみます。
目次
行政はもう「いつも」と「もしも」をつなぎ始めている
防災というと、行政は遅れている、という話になりがちです。でも今回の視察で届いた写真を見て、僕はむしろ逆の印象を持ちました。建物の話では、行政はもう先に進んでいるんです。
小清水町:役場そのものを「町民の居場所」にした
北海道の東、オホーツク海に面した人口約4,500人の小清水町は、2023年5月に町役場を「ワタシノ」という名前の複合庁舎に建て替えました。役場の中にフィットネスジムとスタジオ、ランドリー、カフェがあります。ふだんは住民が集まる場所で、災害のときはそのまま避難所になります。ジムは冬でも暖かい一時避難所に、カフェは炊き出しに、ランドリーは衛生を保つために使われる設計です。

パネルに書かれていた言葉が、僕には一番刺さりました。「大事なのは町民が日常的に利用できるような『ワタシの居場所』として機能させること」。避難所として立派な建物を作ることではなく、普段から人が来る場所にすること。それが先にあるんです。

鳴門市:防災の地図を、ふだんの街歩きの地図にした
もう一つ、僕が「これだ」と思ったのが鳴門市のハザードマップです。土砂災害や洪水の危険な場所を示す地図に、登山道や三角点を書き込んで、ふだんの街歩きや健康づくりにも使える地図にしていました。

災害のときにしか開かれない地図を、ふだんから手に取ってもらうための工夫です。紙の地図で、行政がもうこれをやっている。この事例は、あとで書くごみ分別AIの話と、まったく同じ形をしています。
PHASE FREE Meet 2026への出展ではなく、今回は「視察」にした理由
今回、Enlytは出展していません。メンバーに頼んだのは、2つの問いの答えを持ち帰ってきてほしい、ということだけでした。
一つは、「住民がふだん使っている市のLINEが、災害のときにも役に立つ」という説明が、自治体や防災の関係者に通じるかどうか。もう一つは、同じ日に隣の展示棟で開かれていたツーリズムEXPOジャパンで、観光・自治体向けのデジタルサービスがいま何を、誰に売っているか。
展示会に人を送るとき、僕は「何を見てきてほしいか」を先に文章にして渡すようにしています。ブースを回って名刺を集めてくるだけだと、帰ってきてから「で、何がわかったの?」となりがちなんですよね。問いを先に置いておくと、会場で見るものが変わります。
フェーズフリーという言葉を、僕もメンバーも、このイベントまで知りませんでした。
フェーズフリーは、身のまわりの物やサービスを「ふだん」も「非常時」も役立つように作ろう、という考え方です。備蓄品のように非常時のためだけに用意するのではなく、毎日使っているものがそのまま非常時にも使える。協会の方の言葉を借りると、「いつもを良くして、もしもも良くする」です。

会場で見たもの:物が中心で、デジタルは空白だった
会場に並んでいたのは、ポータブル電源、トイレ、寝袋、食品、建物。物と施設がほとんどで、アプリやLINEのようなデジタルサービスは、ほぼ見当たらなかったそうです。
これは悪い知らせではなくて、むしろ逆だと僕は受け取りました。デジタルのサービスは、この分野でまだ誰も入っていない。だからメンバーには、協会の代表理事の方に直接聞いてもらいました。「LINEで使うサービスのようなものも、フェーズフリーの認証の対象になりますか」と。
答えは「なります」でした。すでにLINEで認証を受けた事例が1社あるとのこと。認証の条件は「普段も使え、災害時にも普段と変わらず使える物・システム」。申請は協会のサイトから会員登録をして、審査資料を提出する形で、費用は1件3万円(税抜)だそうです。

講演で繰り返されていた言葉
メンバーが講演から書き留めてきた言葉を、いくつかそのまま載せます。
- いつもを良くして、もしもも良くするのがフェーズフリー
- 日常に溶け込みやすいフェーズフリーが重要
- 日常と非常時はつなげて考える。つなげて考えるからこそ価値が生まれる
- 行政の動きには限界があるため、民間企業が動くことが大事
- 災害時に弱い地域は、コミュニティ力が弱い
「行政だけでは限界がある。民間企業に入ってきてほしい」という話は、複数の登壇者から出たそうです。行政が自分たちで「民間に入ってきてほしい」と言う場面は、僕の経験ではそう多くありません。
防災DXが「もしも専用」になってしまう構造
ここから、僕が考えたことです。
自治体の防災アプリが使われない理由は、機能が足りないからでも、宣伝が足りないからでもないと思っています。「もしも」のためだけに作られているからです。

防災アプリは、配ることはできます。広報誌に載せて、窓口で案内して、インストールしてもらう。「配った数」は数字として増えていきます。でも、ふだん開く理由がないものは、災害の日には入れたことすら忘れられています。配る設計はあるのに、開かれる設計がない。
僕はこれまで観光地を回って、「発信はしているが、来た人を受け取る仕組みがない」という構造を何度も見てきました。防災のデジタル化で起きているのは、その防災版なのかなと思います。発信と配布には予算がつく。でも「ふだんから開かれる」ための設計は、誰の担当でもないんですよね。
小清水町の役場と、鳴門市のハザードマップが面白いのは、この順番を逆にしているところです。先に「いつも」の用事を作る。避難所の前に居場所を、ハザードマップの前に街歩きを。そうすると「もしも」のときに、人は迷わずそこへ行けます。
観光の現場でも、同じことが起きていました
翌日、メンバーには同じ会場のツーリズムEXPOジャパンも回ってもらいました。全国の市や町が物産や観光地を紹介するブースを出していて、来場者は家族連れが中心。ブースにはどこも長い列ができていたそうです。
そこで見たスタンプラリーの仕組みが、僕には象徴的でした。市や町の公式InstagramをQRコードで読み取ってフォローするとスタンプがもらえて、集めると景品がもらえる。専用のアプリやシステムはなく、自治体に残るのはフォロワー数だけ。誰が来て、その後どうなったかは残りません。

「配って終わり」と「フォローしてもらって終わり」は、同じ構造です。入口を作るところまでは熱心で、その先に続く関係を設計していない。防災と観光、分野は違っても、自治体のデジタル化で起きている詰まり方は一つなのかもしれません。
ごみ分別AIを、フェーズフリーの目で見直してみる
Enlytは「ごみ分別AI」というサービスを作っています。市の公式LINEのメニューから開いて、写真を撮るとごみの分け方をAIが答えてくれるものです。アプリの追加も会員登録もいりません。日本語のほかに10の言語に対応しています。福岡市が最初のお客様で、2027年2月から市民の方が使い始める予定です。
これを作っているとき、僕たちは防災のことを考えていませんでした。考えていたのは「住民に新しいアプリを入れさせない」ことと、「毎週のごみ出しという用事に溶け込ませる」ことです。

でも今回の視察で、これがそのままフェーズフリーの形をしていることに気づきました。毎週開く入口がある。だから災害のときに「災害で出たごみはどう出せばいいか」「避難所はどこか」を、同じ入口で案内できる。住民は新しいものを覚えなくていい。いつもの場所に、いつもと同じ使い方で、非常時の案内がある。
正直に書くと、災害時の機能はまだ構想の段階です。認証もまだ申請していません。でも「今の形のままでも申請できる可能性がある」と協会の方に言ってもらえたことで、僕たちの中で順番がはっきりしました。防災の機能を足してから認証を取るのではなく、まず「いつも」の入口として成立しているものを、「もしも」にも開いていく。
展示会の会場で、メンバーがある市の職員の方に、この考え方を話してみたそうです。返ってきたのは「企画に入るかは担当課に問い合わせが必要だけれど、みんながふだん使っているLINEだし、災害時もごみは出るので、あると便利だと思う」という言葉でした。「すでにあるもの」として挙がったのは、市の公式LINEでのお知らせ配信。ごみ分別AIはその公式LINEの中に入るものなので、新しい何かを増やす提案ではなく、住民がすでに使っている入口に機能を足す提案として話せる。これは大きな発見でした。
明日から使える3つの問い
自治体や観光地で、防災や情報発信のデジタル化に関わっている方へ。僕が今回の視察から持ち帰った問いを、3つに絞って置いておきます。
問い1:そのアプリ、住民が最後に開いたのはいつですか
インストール数ではなく、最後に開かれた日を見てみてください。「もしも」専用のものは、だいたいここで止まっています。開かれていないなら、機能を足すより先に「ふだんの用事」を考える方が早いと思います。
問い2:住民がすでに毎週開いているものは何ですか
市の公式LINE、ごみ収集日のカレンダー、学校の連絡アプリ。何かしら、住民がすでに習慣で開いているものがあるはずです。防災の入口は、そこに足す方が、新しく作るより確実に開かれます。
問い3:来た人・登録した人と、その後どうつながっていますか
防災でも観光でも、「配った」「フォローしてもらった」の先が空白になっていないか。一度来た人に、次に何を届けるかが決まっていないなら、そこが設計の抜けている場所だと思います。
まとめ
フェーズフリーという言葉を知ったのは、ついこの間です。でも、この考え方そのものは、僕たちがLINEミニアプリを作るときにずっと言ってきたことと同じでした。「ユーザーに新しい習慣を求めない」「使わせるのではなく、溶け込ませる」。それを防災の文脈で言い直すと、「いつもを良くして、もしもも良くする」になるんだと思います。
行政は建物では先に進んでいます。小清水町の役場も、鳴門市の地図も、「いつも」を先に作っていました。次は情報の届け方の番なのかなと、僕は思っています。そしてそこは、講演で何度も言われていたとおり、民間が入っていく場所です。
Enlytは、ごみ分別AIのフェーズフリー認証の申請を進めながら、「住民がすでに使っている入口を、非常時の入口にもする」という設計を、自治体の方と一緒に考えていきたいと思っています。もし「うちの街の防災アプリ、開かれていないかもしれない」と感じた方がいたら、まずはその状況を聞かせてください。そこから一緒に考えるのが、僕たちの一番得意なところです。
僕たちは、Enlyt 地域DXソリューション(自治体・観光向けサービス)というサービスを提供しています。Web・LINEミニアプリ(LIFF)・公式アプリを相手の温度に合わせて組み合わせ、観光の回遊促進・住民の健康増進・商店街支援・地域交通をひとつの基盤で実現する、自治体・地域事業者向けソリューションです。インストール不要の入口から始められ、行動データが残るため施策の効果測定と改善まで行えます。この記事でご紹介したように、相手に合った入口、行動を促す仕組み、行動が資産になる設計を一緒に作り上げていくものです。自治体・観光のDX化、日常も災害時・非常時も使えるアプリをお考えでしたら、ぜひ弊社へご相談ください。
よくある質問
Q. フェーズフリーとは何ですか?
A. 身のまわりの物やサービスを、ふだん(いつも)も非常時(もしも)も役立つように設計する考え方です。非常時専用の備えを増やすのではなく、日常で使っているものがそのまま非常時にも使える状態を目指します。一般社団法人フェーズフリー協会が普及活動を行っています。
Q. フェーズフリー認証は、アプリやLINEのようなデジタルサービスでも取れますか?
A. 取れます。PHASE FREE Meet 2026の会場で協会の代表理事の方に確認したところ、LINEで認証を受けた事例がすでに1社あるとのことでした。条件は「普段も使え、災害時にも普段と変わらず使える物・システム」であることです。詳しい要件は協会の認証サイトでご確認ください。
Q. 自治体の防災アプリはなぜ使われないのですか?
A. 機能や宣伝の不足というより、「非常時のためだけ」に作られていることが大きいと考えています。ふだん開く理由がないアプリは、災害時には入れたことすら忘れられがちです。住民がすでに習慣で開いている入口(市の公式LINEなど)に防災の機能を足す方が、確実に開かれます。
Q. ごみ分別AIとはどんなサービスですか?
A. Enlytが提供する、市の公式LINEの中で使えるごみ分別案内のサービスです。写真を撮るか文字で入力すると、ごみの区分と出し方をAIが答えます。アプリの追加や会員登録は不要で、日本語のほか10言語に対応しています。福岡市が最初の導入自治体で、2027年2月から市民の利用が始まる予定です。
Q. ごみ分別AIは災害時にも使えるのですか?
A. 現時点では、ふだんのごみ分別案内のサービスです。災害で出たごみの出し方や避難所の案内を同じ入口で届ける使い方は構想段階で、フェーズフリー認証の申請とあわせて検討を進めています。
Q. 自治体として、何から始めればよいですか?
A. まず、住民がすでに毎週開いているものが何かを確認してみてください。市の公式LINE、ごみ収集日の案内、学校の連絡アプリなど、習慣で開かれている入口があれば、防災の情報はそこに足すのが近道です。現状の整理からご一緒できますので、お気軽にご相談ください。
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